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牧師 渡邊義彦 

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2018年05月

6月巻頭言

 ある人がぶどう園にいちじくの木を植えておき、実を探しに来たが見つからなかった。そこで、園丁に言った。「もう三年もの間、このいちじくの木に実を探しに来ているのに、見つけたためしがない。だから切り倒せ。なぜ、土地をふさがせておくのか。」園丁は答えた。「ご主人様、今年もこのままにしておいてください。木の周りを掘って、肥やしをやってみます。」
          (新共同訳聖書・ルカによる福音書第13章6~8節)

 春になっても家内が落ち葉掃きをしています。秋ではないのにです。幼稚園の園庭にあるどんぐりの木、クヌギの落ち葉です。このクヌギは落葉樹広葉樹ですから、他の木と同じように秋になると葉は枯れて茶色になります。しかし、冬の間どんなに強い風が吹こうともこの枯れた葉を落しません。茶色の葉をまとったまま春を迎えます。すると春も大分深まったある日、一斉に葉を落したかと思うと、見る見るうちに新しい淡い緑の若葉をまさに萌え出すのです。茶色に枯れてしまった葉のすぐ下に若々しい緑の葉を蓄え育てて冬を過ごし、そして春を迎えるのです。
 落葉樹の葉が落ちるのは秋だと思い込んでいただけに驚きました。 同じ仲間 の木は公園や野山にももちろんあるでしょうから、このような木の葉の落ち方に気づかなかったのは観察不足、認識不足でした。牧師室から正面にこの木が見えるので定点観測をしてはじめて、春に葉を落す木があることを知った次第です。春になってそろそろ若葉が出てもいい頃になっても枯れ葉を付けている木だったので、立ち枯れしてるのかと思って、幼稚園教師にあの木は切ってしまおうと言いましたら、春に落葉するのだと教えてくれたのです。
 この木の世代交代は見事です。茶色の葉は次の若葉が育つまで寒い冬の間もその若芽を守り育てます。そして回りが暖かくなり若芽が十分に育つことができるようになると枯れ葉を落します。野山の自然の中では、もちろん落ち葉掃きなどしませんから、落ちた葉は再び土に還り、木を支え育てます。
 わたしたちは、生活のさまざまな場面で世代交代を経験します。緩やかな交代もあれば、急激な変化もあります。世代と世代の間が空いてしまうこともあります。しかし、それが如何にあっても、命をつなげてくださるのは主なる神であることを、わたしたちは聖書から教えられています。与えられた馳せ場を歩み通すようにとわたしたちを召してくださるのも、主なる神であることを教えられています。そうであるので、交代がいつ来てもよいようにわたしたちは備えていたいですし、一つでも先に歩を進めたいと願うのです。
 使徒パウロは言いました。
 後ろのものを忘れ、前のものに全身を向けつつ、神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。(フィリピの信徒への手紙第4章13〜14節)
 主にあって、そのような幸いに生きてゆきたい、そう願います。

日本基督教団 柿ノ木坂教会