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牧師 渡邊義彦 

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2019年07月

8月 巻頭言

        しかし、急いで出る必要はない
        逃げ去ることもない。
        あなたたちの先を進むのは主であり
        しんがりを守るのもイスラエルの神だから。
        (新共同訳聖書・イザヤ書52章12節)

 今年度、幼稚園一学期の途中から、子供たちが登園してくる時間に教会角の路地のところに毎朝、園長が立つことになりました。幼稚園によっては、教会幼稚園として登園してくる園児を門のところで牧師・園長として迎えるのは当たり前だというところも多くあることでしょう。これまで、ベテル幼稚園では門のところには、主任なり、教師なりが毎日立って子供たちを迎えていましたので園長・牧師の立つ出番はありませんでした。この五月末、子供たちを巻き込んだ川崎での痛ましい事件があってから、門のところのみならず、教会角の十字路のところにも見守りに立つことが子供たちの安全ために必要だとの教師たちの判断で、はじめて出番となったのです。
 朝の仕事の手順の修整にあたふたしましたが、毎朝なかなか新鮮なことでした。子供たちの様子も毎朝違います。昨日は何かぐずりながらやって来たのに、今日は息急き切って元気に園庭へと走り込んでいったり、保護者がたのみならず、毎朝、十字路を右に左にと通ってゆかれる近所の方たちと挨拶を交わすこともだいぶ増えました。はじめて与えられた立ち位置に新鮮な毎日でした。夏休みが始まって朝の見守りも一段落です。
 わたしたちは人生の中でいろいろな立場、立ち位置を与えられます。進んでその立場につく人も、それがずっと同じ人も、人に強いられて、ときとして強制力によって本人の意思とは関係なく立ち位置を変更させられて、そこに立たなければならないことさえあります。
 このことをいずれにしても、主が、わたしたちを召しておられると、信仰をもって覚えるならば、主が、最もふさわしい立ち位置をわたしたちに与えてくださると信ずるのです。それが、わたしたちにとって好ましく居心地が良いところであろうと、たとえわたしたちにはふさわしくない、いや、いたくないとさえも思えるところであっても、主がわたしたちをここに生かしていてくださることの意味を知り、覚えるのです。
 どのような立場にわたしたちが立つときも、主が、わたしたちの先頭となり、最後となってくださってすべてを守ってくださいます。主の御守りのもとに、わたしたちの人生が置かれていることを覚えることができるならば、それは幸いなことです。

日本基督教団 柿ノ木坂教会